サイトー場所と光景 (抜粋)

増田玲 東京国立近代美術館

 兼子裕代は写真を撮るという行為を媒介に、その場所にたたみこまれているものを、ひとつひとつ開いていくような試みを続けてきた。そうした作品のひとつに東京の住宅街で植え込みに注目した『Along Leaves』というシリーズがある。ひとくちに植え込みといっても住宅と住宅の境界という機能があたえられていたり、年のすきまに出現した自然の領分に見えたり、そこには以外な多様性が発見されていく。この試みは東京の中心にある皇居を巨大な植え込みとしてとらえた『Bushes and Palace』というシリーズへつながる。皇居の周りを4x5インチのカメラで丹念に撮影していくという作品だ。ここでも同様に、その巨大な「植え込み」には、政治的、歴史的なさまざまな方向への視点が開かれていく。

 長崎での撮影は、こうした東京での場所との対話と同じように、この数年、丹念に続けられてきた。先行して発表された『長崎問答・びわ療法』は、雲仙・普賢岳、諫早湾、佐世保、そして長崎市内という県内の各地の写真に、一点だけ、東京の皇居のお濠端で撮影された写真が組み合わされるという形で展示された。4x5のカメラで撮られた長崎各地の写真は一見何事もなく穏やかにひろがる光景の背後に、それぞれの場所での大きな出来事が、かすかな波紋の広がりのように影響を与えているこを示唆し、一点だけ差し込まれている皇居のそばで撮影された写真(これだけが夜景)が、それらの長崎各地の光景に別のバースペクティブを開いていく役割をは果たしていた。

 今回の『ながさき問答』では、長崎市内に関心が集中している。ここでの場所との対話は、被爆という出来事を語り伝え、その記憶を受け継いでいこうとする人々との、文字通りの対話を通じて進められている。その対話は、すでに撮影していた長崎の写真をも新たな相へと引き出す。場所との対話は写真家の中に場所への記憶を形成し、その記憶が、その場所に生きてきた人々の記憶と出会うことで、新たな記憶へとつながる。写真は、それらのどの記憶ともイコールにはなり得ないが、それらの重なり合う記憶を想起させる、新たな場所として現れる。

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