The Three Cornered
World
人にはそれぞれ気になる風景というのがあるように思います。自分の住んでいる街でも、遠い友人を訪ねたときでも、外国の街を旅行していても、なぜかそのような風景に出くわすと目が引き寄せられる、気持ちがざわざわしてしまうというような光景です。
これらの写真はサンフランシスコと東京及びその近郊でそういった気になる光景を撮影したものです。異なる国のふたつの街の写真ですから、自ずと建物や植物の雰囲気に違いがありますが、同時に、わたしの視覚を刺激する共通する性質を持っています。千葉の市川で撮った風景とサンフランシスコのサードストリートで撮った風景が、ひとりの撮影者の個人的な風景への嗜好、見方、距離によって統一されて混ざります。
外部の様々な事物=風景はわたしとは無関係に独立して存在していながら、わたしがそこに移動して初めてわたしの前に現れます。わたしが撮影したそれらのイメージはわたしがその場所にそのアングルで立ってシャッターを押したそのときに初めて現れたものであり、その後二度と現れることはありません。ですから、それらはわたしとは何の関係もなく存在していると同時にわたしがいなければ存在しなかったとも言えます。
そのように常に矛盾する性格を併せ持つわたしと外部との関係は、わたしがサンフランシスコにいようと東京にいようと世界中どこにいようと変わらないものでしょう。それらのイメージはいわば外部とわたしを媒介する風景のマトリックスとなってわたしがどこへ行っても平行移動してくっついてくるようです。そのマトリックスによって、ところが変わっても、相手が変わっても、はたまた自分の境遇が変わっても、わたしがわたしとして物を見たり感じたり考えたりすることができるのだろうし、同時に「わたしがわたしとして物を見る」仕方自体も徐々に変化し多様化して行くことができるのだろうと思います。
この作品のタイトルは夏目漱石の小説『草枕』の英訳題から来ています。小説の冒頭は日本人にとってはあまりに有名なこの文章ではじまります。
「山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。
智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角(とかく)に人の世は住みにくい。
住みにくさが高(こう)じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画(え)が出来る。」
わたしは子供の頃から親の仕事の関係で引っ越しの多い生活を送ってきました。引っ越しをする度に、
学校へ行く道、友達の家に行く道、公園へ行く道、駄菓子屋さんに行く道、本屋さんに行く道を覚えなければなりません。そして新しい近所の人、学校の先生、友達に慣れなければいけません。この「新しい場所、新しい人たちになじむ作業」は決して楽ではありませんし、面倒くさい。
漱石の草枕は住みにくいが故に引っ越したくなるといっていますが、わたしの場合は引っ越してばかりいたために、世の中の住みにくさを実感したように思います。しかし「どこへ越しても住みにくい」と開きなおった時に芸術が生まれるという結論からいえば、結局同じことのようです。つまり、どこへいこうと常によそ者である自分の立場を意識し始めると、大変さや面倒くささよりも、出会いの偶然性や物事の成り立ちの不思議さが面白く感じるようになります。習字の教室に行くために曲がらなければいけないその角が、植え込みと塀と電信柱と舗道と
そのときの光の具合が混ざり合って出来上がった唯一無二の角となって私の目に現れてくるのです。
The Three Cornered World
という英訳題は小説を少しの間読み進めると出てくるこの一文からとられています
。
「われわれは草鞋旅行(わらじたび)をする間、朝から晩まで苦しい、苦しいと不平を鳴らしつづけているが、人に向かって曾遊(そうゆう)を説く時分には、不平らしい様子は少しも見せぬ。面白かった事、愉快であった事は無論、昔の不平さえ得意に蝶々(ちょうちょう)して、したり顔である。これは敢(あえ)て自ら欺(あざむ)くの、人を偽るのと云う了見ではない。旅行をする間は常人の心持ちで、曾遊を語るときは既に詩人の態度にあるから、こんな矛盾が起る。して見ると四角な世界から常識と名のつく、一角を摩滅(まめつ)して、三角のうちに住むのを芸術家と呼んでもよかろう。」
「曾遊」とは「かつてここに遊んだ事」という意味だそうです。これらの写真はわたしがこどものころに遊びながら目にしたいくつもの場所の記憶と現在カメラを首にかけて歩きながら出会った風景が混じりあい重なり合ってできた、わたしにとっての曾遊を語るイメージ群なのです。
兼子裕代
2006年7月